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飛行機100年物語

黎明期(れいめいき)...その夜明け

 
2006/8/31
第一次大戦開戦・・・
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第一次大戦(別名第一次世界大戦)は参戦国の総力をかけた戦争でした。1914年ドイツ/オーストリア・ハンガリー帝国対イギリス/フランス/ロシア帝国の戦いで始まりました。ヨーロッパだけでなく世界の各国の植民地分捕り合戦でもあり、漁夫の利を得ようと日本やオスマン帝国(トルコ)、イタリヤ、アメリカなどが参戦していきます。戦争の終止符は1918年の停戦協定によって打たれます。
 この戦争が総力戦であったという意味は、軍拡競争で装備した海軍、陸軍、陸軍航空隊(空軍)などの戦艦、戦車、航空機などのを大量動員した戦争だったことと、また多くの一般市民を巻き込んだ戦争でもあったからです。
900万人以上の兵士が戦死、一般市民も多くの犠牲者を出しました。なぜこのように戦死者や犠牲者が多いのか?それは航空機がこの戦争に使用され空爆という作戦が実行されたのも大きな要因です。また地上の戦場では塹壕戦が主で、大部隊が互いに突撃を繰り返し無駄な戦死者を出したという側面もあります。また戦争の大きな原因となる一部の支配階級の経済的権益を確保するという各国がエゴ丸出しの時代背景もあり大規模な戦争になりました。その結果民衆の怒りを買い旧帝国は崩壊、ロシアでは共産党による革命をもたらしました。思えばこの瞬間に第二次大戦後の冷戦時代の芽が生まれたのです。戦争が終った時に次の戦争の火種を生むという歴史の皮肉でもあると思います・・・。

Manilov Collection

さて飛行機の話しをすると前ページのように最初は偵察を主任務とする機体が投入されましたが、戦いがエスカレートするにつれ飛行機同士の戦闘や、また航空機から手榴弾や小型爆弾を地上の敵めがけて落とすという役割を担うようになります。戦闘機と爆撃機という大きなカテゴリーの誕生です。

前述の戦争背景の説明のなかで空爆について触れましたが、爆撃という戦闘行為が戦争に最も大きな変革をもたらしたのです。航空機の書籍では戦闘機の華々しい空中戦を主に取り上げていますが、私の分析では大量殺戮や敵の生産資源、社会的インフラをつぶすことが勝敗の分かれ目になるという事実を考えたとき、この爆撃という戦闘行為こそ近代戦の象徴として捉えるべきでしょう。
ではその第一次大戦に登場した爆撃機の一機をご紹介いたします。
第一次大戦での爆撃機の最優秀機であり生産数第一位のハンドレーページO/400です。翼幅30.48m、全長19.16m、全高6.71m、全備重量6,060kgという当時としては最大級の航空機で550機あまり生産されました。ちなみに爆弾搭載量は907kgです。1917年に登場しました。

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P1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8. 9.

第一次大戦時の車は?

終戦の年の1918年製のイタリアのフィアット・トルペード/タイプ52Bです。
4気筒 2,613cc、26馬力、最高速度70kmです。終戦の年にはこのような車が作られていたというのは日本人には想像だにできなかったでしょう。歴史の深さ、懐の深さとでも表現すればいいんでしょうか?

上の爆撃機と同じ年1917年に誕生している車で、メルセデス・シンプレックスの改造型のようですが詳細はわかりません。アメリカン・ル・フランスというクラシックカーのイベントの名を冠しています。戦争をしていてもこんな車を作るとは・・・なんとも豪快な話しです。ヨーロッパはすごい所です!!

第一次大戦開戦の年のドイツ車。ロータリーエンジン搭載車を世に出したNSU社製。
4気筒 2,100cc, 30馬力、時速は不明 NSU8/40といいます。開戦時なので国力にはまだ余裕があったのでしょう。戦時だけに華美さはありませんが日本の戦後のダットサンを思い出しました。励∪縺励◆縲