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飛行機100年物語

黎明期(れいめいき)...その夜明け

 
2006/8/17

ライト兄弟とそのライバル

左の写真の人物:アルベルト・サントス・デュモンは当時フランスのパリに在住して飛行船などを作って活躍していました。その彼がヨーロッパで最初に飛行機を飛ばすことに成功しました。しかし彼はブラジルで生まれ育った人物でヨーロッパ大陸の人間ではありませんでした。自動車では成功したヨーロッパですが飛行機に関しては後塵を拝していたのです。
もちろん世界初の飛行を成功させたライト兄弟は超有名なのですが、デュモンはあまり知られていません。
ヨーロッパでは貴族のお金持ちの道楽から航空機が生まれたので(もちろん彼もそのお金持ちのパトロンのために飛行船や飛行機を作っていました。)一般大衆には縁遠い存在だったのが一因かもしれません。また彼はブラジル人だったので人種的偏見からその業績を無視されたのでしょう。もし生粋のヨーロッパ人であったなら、かなりの賞賛を得ていたことと思います。では彼の力作をご覧ください。 Santos Dumont14bis です。  

 

ライト兄弟のライトフライヤ号ーに比べるとやや鈍重な感が否めません。飛行性能も1905年のフライヤー3号が飛行距離39kmに達していたにもかかわらずこの機はたった220mしか飛べませんでした。しかし独自のアイディアで成功したのが重要なのです。日本人はとかく性能うんぬんが多くてロマンがちょっと足りないと思いますが(自戒)航空機開発のパイオニアとして高く評価してもいいのではないでしょうか?
一方ライト兄弟は前述のようにライトフライヤー3号で大きな成功を収めていました。では、なぜ短期間の内に彼等が性能向上に成功したのでしょうか? このこともあまり知られていないことですが、なんと風洞実験装置を作ってシュミレーションをしていたのです。いまでこそ航空機やレーシングカーの開発に無くてはならない装置ですが100年前にそれを使って開発していた・・・彼らは単なる発明家ではなく優れたエンジニアだったこともお解りいただけたと思います。

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1900年代初頭の車は?・・・

左の写真がライト兄弟が初飛行に成功した年にフランスで生産されていた自動車です。その名をデュカビルと言います。
排気量 2,089cc, 2気筒で10馬力、最高速度50kmです。フロントエンジン・リアドライブ、現代の自動車のレイアウトとまったく同じです。アセチレンガス灯のヘッドライトも装備されていました。

同じく同年代にはこのようなスポーツカーも販売されていました。マチス・ヘルメスといいます。 4気筒 / 12057cc / 92馬力で最高速度は135km ちなみにライトフライヤー3号機は16馬力、デュモンBis14は50馬力でした。それぞれ最高速度は56kmと40kmでまだ自動車の方が早いという時代でもありました。

自動車といえばドイツやフランス、イギリス・イタリアと思われがちですがチェコスロバキアでもこのような立派な車があったのです。日本にはほとんど紹介されていませんが・・・。
ローリン・クレメント(英語読み)という車です。上のデュカビルよりさらに洗練された自動車らしいデザインです。ちなみに1905年製です。

次のページでいよいよ飛行機らしい飛行機をご紹介します。